.・oO 5.めえめえのお仕事
それは、翻車魚が森に来て未だ日の浅い頃のことでした。
翻車魚は未だ、めえめえがどんな仕事をしているのかを知りませんでした。何故って、ぼうにはめえめえが何時も遊んでいるようにしか見えなかったからです。
毎日、朝は遅めに起きてきて、ゆっくりとミルク入りの甘い紅茶を呑み、お昼頃に出掛けていきます。帰りは大抵早くて、陽が沈むのと同じくらいの時刻に宅に帰ってきます。けれども、何をしているのか、よく分からないのです。そこで或る日、思い切って尋いてみました。
「ねえ、めえめえちゃん、何時も何処へ行くの、」
「うぅーん、良かったら、ぼうも来る、」
「うん、連れていって!」
外に出ためえめえは、とにかくくるくる周囲を見廻しながら、ぼうの速さに合わせて少しゆっくり歩きます。けれども、何かの拍子にぱっと立ち止まったり、しゃがんだり、脇道に入ったりするので、ぼうは付いていくのが大変でした。
そうして一時間くらい経った頃、ぼうはまた尋きました。
「ねえ、めえめえちゃん、何処へ行くのさ、」
「うん、今日はお仕事」
「えっ、今日は、って、お仕事でない日もあるの、」
仔山羊は不敵ににやあと微笑い、
「もう行かなくっちゃ」
と云うが早いか、足早に歩き出しました。ぼうも仕方がなく、もう黙って後に付いて行きました。暫くすると、めえめえは藪の中へ入っていきました。ぼうは蚊が居ないかどうか辺りを確かめながら、恐る怖る付いていきました。すると…何だか妖しげな洞穴のような建物があります。奥が何処まで続いているのか分からない、苔生した岩の建物です。
「あ、あれは、何、」
「これはねえ、図書館だよ」
そうです。それは森の図書館でした。めえめえは中に入ると、メモを取り出して、直ぐに調べ物を始めました。
「ねえ、めえめえちゃん。ぼうも手伝わせてよ」
「うん、じゃあ、これ。このメモに書いてあることについて調べて、何か判ったことがあったら書き写しておいてね」
と云って渡されたメモを見ますと…書いてあるのは"海月の骨"、"桃頭"、"木の目"など、ぼうには何が何だかさっぱり分からない言葉ばかりです。
「めえめえちゃん。これ、どうやって調べたら良いの、」
「あ、それはねえ、ほら、其処。本がいろいろ在るでしょう、それで調べて」
指差された方を見遣ると…確かに本らしきものもありますが、がらくたにしか見えないものの方が多かったのでした。とてつもなく大きな岩に、不思議な文字が刻まれていたり、木の枯れ枝のようなものが束ねてあるだけだったり、変な匂いがするものもあります。これでは、翻車魚にはどうしようもありません。暫く考えて、やっぱり分からないや、と云おうとしたとき、何処からか音が聴こえます。聴いたことのない耳障りな音です。
「めえめえちゃん、何か聴こえない、」
めえめえはちょっと間を置いて、振り向いて耳を傾けました。そして、次の瞬間、急に立ち上がり、本を元に戻して急いで帰り支度を整えました。
「あれは良くない、あれは良くない、帰らなくちゃ、帰ろう、帰ろう、」
ぶつぶつ云いながら、さっさと図書館を出て行ってしまいました。ぼうはその後に続きながら、図書館の奥の方を見ると、赤い鳥が、あの木の枝を束ねたようなものを調べている人に、ネェセンセ、キーキー、ピイピイ、ソーザマショと話し掛けているのが見えました。
「めえめえちゃん、どうしたのさ」
「あれは良くない、あれは赤い鳥。何時もあゝやって囀ってばかりいる」
ぼうにはよく解りませんでしたが、どうやらめえめえはあの赤い鳥が苦手なようでした。
宅に帰り着くと、仔山羊は上の書斎に行きました。「おいで」と云われたので、翻車魚も昇っていきました。めえめえは珍しく神妙な表情で机に向かい、大きな本を取り出してぼうに見せました。
「ほら、これ。『モーラ・モーリ』って云うの。この森の成り立ちなどについて書いてあるんだよ。この本に書いてあることについて、めえめえは調べているの。それがお仕事。さっきのメモは、この本に書いてある言葉を写したものだったんだ」
めえめえは一気に説明しました。それでも、ぼうには良く解りませんでした。けれども、なんだか、めえめえが思ったよりも難しいお仕事をしているのだということは理解ったのでした。
「じゃ、早速、その本でこれを調べて、」
と、ぼうに部厚い本を渡して云いました。そしてまた、あのメモです。
「あ、あの、これ、全然解らないんだけれど、」
ぼうは恥ずかしそうにやっと云いました。しかし、めえめえは何だ、という表情で、
「あゝ、めえめえにも解らないから」
「えっ……」
当り前のことのように、めえめえは云いました。ぼうは呆気にとられながら、このお仕事は難しくて大変なだけでなく、どうやら自分も手伝うことになってしまったらしいことに、気付き始めたのでした。
翻車魚は未だ、めえめえがどんな仕事をしているのかを知りませんでした。何故って、ぼうにはめえめえが何時も遊んでいるようにしか見えなかったからです。
毎日、朝は遅めに起きてきて、ゆっくりとミルク入りの甘い紅茶を呑み、お昼頃に出掛けていきます。帰りは大抵早くて、陽が沈むのと同じくらいの時刻に宅に帰ってきます。けれども、何をしているのか、よく分からないのです。そこで或る日、思い切って尋いてみました。
「ねえ、めえめえちゃん、何時も何処へ行くの、」
「うぅーん、良かったら、ぼうも来る、」
「うん、連れていって!」
外に出ためえめえは、とにかくくるくる周囲を見廻しながら、ぼうの速さに合わせて少しゆっくり歩きます。けれども、何かの拍子にぱっと立ち止まったり、しゃがんだり、脇道に入ったりするので、ぼうは付いていくのが大変でした。
そうして一時間くらい経った頃、ぼうはまた尋きました。
「ねえ、めえめえちゃん、何処へ行くのさ、」
「うん、今日はお仕事」
「えっ、今日は、って、お仕事でない日もあるの、」
仔山羊は不敵ににやあと微笑い、
「もう行かなくっちゃ」
と云うが早いか、足早に歩き出しました。ぼうも仕方がなく、もう黙って後に付いて行きました。暫くすると、めえめえは藪の中へ入っていきました。ぼうは蚊が居ないかどうか辺りを確かめながら、恐る怖る付いていきました。すると…何だか妖しげな洞穴のような建物があります。奥が何処まで続いているのか分からない、苔生した岩の建物です。
「あ、あれは、何、」
「これはねえ、図書館だよ」
そうです。それは森の図書館でした。めえめえは中に入ると、メモを取り出して、直ぐに調べ物を始めました。
「ねえ、めえめえちゃん。ぼうも手伝わせてよ」
「うん、じゃあ、これ。このメモに書いてあることについて調べて、何か判ったことがあったら書き写しておいてね」
と云って渡されたメモを見ますと…書いてあるのは"海月の骨"、"桃頭"、"木の目"など、ぼうには何が何だかさっぱり分からない言葉ばかりです。
「めえめえちゃん。これ、どうやって調べたら良いの、」
「あ、それはねえ、ほら、其処。本がいろいろ在るでしょう、それで調べて」
指差された方を見遣ると…確かに本らしきものもありますが、がらくたにしか見えないものの方が多かったのでした。とてつもなく大きな岩に、不思議な文字が刻まれていたり、木の枯れ枝のようなものが束ねてあるだけだったり、変な匂いがするものもあります。これでは、翻車魚にはどうしようもありません。暫く考えて、やっぱり分からないや、と云おうとしたとき、何処からか音が聴こえます。聴いたことのない耳障りな音です。
「めえめえちゃん、何か聴こえない、」
めえめえはちょっと間を置いて、振り向いて耳を傾けました。そして、次の瞬間、急に立ち上がり、本を元に戻して急いで帰り支度を整えました。
「あれは良くない、あれは良くない、帰らなくちゃ、帰ろう、帰ろう、」
ぶつぶつ云いながら、さっさと図書館を出て行ってしまいました。ぼうはその後に続きながら、図書館の奥の方を見ると、赤い鳥が、あの木の枝を束ねたようなものを調べている人に、ネェセンセ、キーキー、ピイピイ、ソーザマショと話し掛けているのが見えました。
「めえめえちゃん、どうしたのさ」
「あれは良くない、あれは赤い鳥。何時もあゝやって囀ってばかりいる」
ぼうにはよく解りませんでしたが、どうやらめえめえはあの赤い鳥が苦手なようでした。
宅に帰り着くと、仔山羊は上の書斎に行きました。「おいで」と云われたので、翻車魚も昇っていきました。めえめえは珍しく神妙な表情で机に向かい、大きな本を取り出してぼうに見せました。
「ほら、これ。『モーラ・モーリ』って云うの。この森の成り立ちなどについて書いてあるんだよ。この本に書いてあることについて、めえめえは調べているの。それがお仕事。さっきのメモは、この本に書いてある言葉を写したものだったんだ」
めえめえは一気に説明しました。それでも、ぼうには良く解りませんでした。けれども、なんだか、めえめえが思ったよりも難しいお仕事をしているのだということは理解ったのでした。
「じゃ、早速、その本でこれを調べて、」
と、ぼうに部厚い本を渡して云いました。そしてまた、あのメモです。
「あ、あの、これ、全然解らないんだけれど、」
ぼうは恥ずかしそうにやっと云いました。しかし、めえめえは何だ、という表情で、
「あゝ、めえめえにも解らないから」
「えっ……」
当り前のことのように、めえめえは云いました。ぼうは呆気にとられながら、このお仕事は難しくて大変なだけでなく、どうやら自分も手伝うことになってしまったらしいことに、気付き始めたのでした。