.・oO 文 章 作 法

 世界を描くのに必要なものは紙と筆だけだ。と彼女の父親は語る。彼は地図を描くことができる測量士。
 彼女はその言葉に勇気を得て、紙と筆だけを持って家を出た。世界を描き、そして変えるつもりだった。

 世界を変革する方法を知って(それは物心ついてすぐの時期であるが)、初めて行ったのは、その人を殺すことだった。ありとあらゆる方法で幾度も葬った。
 自分のものにすることも考えた。だが何をどうしても、「幸福」に辿り着くことができなかった。自分は彼女を幸福にはできないのだとよく理解った。
 その絶望から、「世界」を終わらせようと試みた。現在もあらゆる方法でそれを試している。それを試すとき、性(生)的にひどく興奮する。

 書く行為を発掘に喩える人がいるが、それも理解できないではない。底に流れる或る一定のものがあり、遠い過去から脈々と受け継がれるものを継承していくという印象。
 だが発掘能力の無い者もまた書くことがある。或る流れを完全には掴みきれなくても。精神の運動に突き動かされ、必死に「世界」の変革を試みる者もある。
 その像を描こうとする精神の動きと、紙と筆さえあれば、書くことはできる。書かれたものが自分にとってだけではなく、他者にとっても意義あるものかどうかは別としても。
 しかしとにかく、筆者としての「自分」の内部を晒すことはできる。今そこに、どんなものが蠢いているのかを書き取ることができる。書かれたものは筆者の意図にかかわらず外に向けて発信されていく。無数の他者に向けて。
 広がる希望を胸に、彼女は生きていこうとしたのだが、暫くして紙も墨も尽きてしまった。地面に木片で書こうとしたが、雨風に消された。乾いた木の葉がざわざわと鳴り、彼女は哂われているような気分になった。石に刻む根性は無かった。
 彼女は父親の偉大さを改めて感じていた。彼は世界を変革してしかも「生きる」即ち喰うことができた。彼女は世界を変革することも完全には成し遂げられないまま、寒空の下で木々に哂われながら野たれ死のうとしている。