.・oO カンカク博物館

 とある山中に、カンカク博物館が造られた。「すべての子どもたちのためにつくる博物館コンテスト」に入賞した企画だ。
 カンカク―― 感覚とは、五感を指す。すなわち、視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚。この博物館の狙いは各感覚それぞれの役割とそのカンカクを再認識することと、各感覚を融合したときの面白みを発見し、新たな可能性について思いを馳せること。

 館内は大きく三つに区分されている。
 第一門を抜けると、五つの感覚ごとに分かれている。どこから試してもかまわないが、すべての箇所で係員の印をもらわないと第二門へは行けない仕組みだ。
 「視覚―― 目は口ほどにモノを言う」では入口でマスクをつける。決して喋ってはいけない(と意識づけるために)。中は無音室で、椅子に坐ると真っ暗になる。物理的な音はほとんど無い処で、二分間、坐る。二分経つと目の前にある大きな画面に無音の画が映る。博物館周辺の森や山、川の美しい景色の後、今辿ってきたばかりの光景、建物の入口から第一門、ホール、そしてこの室の扉。と、ここで場面が変わり、今度は人間の二つの目だけが大きく映される。十秒ほど留まって、それから少しずつゆっくりカメラが引いていく。次第にその人間の表情が露わになる。子ども、大人、老人、男、女、喜怒哀楽の変化―― そして身近な動物、もっといろいろな動物、ずっと小さい爬虫類や魚類や虫たち。

 この博物館に入館するときには一冊の小さな雑記帳を渡される。表紙の色は五色から選べて、いずれも薄い色の無地なので自由に飾りつけできるようになっている。中には各機関での感想を書き込めるようになっており、係員の確認印の欄もある。係員はそれぞれの持ち場で静かに待っている。訊かれれば親切に答えるが、それ以外は動かずに職務を遂行する。
 雑記帳の一頁目には日付、天気、気温を記入する。ここへ来るたびに違う風景、違う自分を見出し、それを記録してゆくのだ。そうして自分のカンカクに思いを馳せる。
 希望者は視力・聴力・味覚・嗅覚の検査も簡易に行える。
 この博物館の最大の魅力は表情の変化にある。季節や時間帯によって様々な顔になるよう工夫されている。館内には詳しい解説はないが、受付で三種類の厚さの解説書を販売する。簡単に知りたい人、もう少し知りたい人、熟知したい人がそれぞれに合わせて手に入れられる。簡単なものは携帯できる大きさ、軽さだが、熟知用は普通の図録なら三冊分ほどの分量があり、展示の内容に加えて目的や製作者の詳細な情報、感覚について各界から迫る論考も載っている。

 第二の門をくぐると、そこでは各感覚を併せて楽しめるものが集められている。「季節の園」では、丸い花壇にそれぞれの季節に元気な花を集め、一堂に介してある。花壇の四方に春夏秋冬の見出しがついていて、今咲いている植物はどんなものなのかを備え付けの事典で調べることもできる。植物の姿、薫りは、一日として同じものがない。
 「器で食べる」では、飲み口の厚いカップと、薄い硝子のコップ、木の枡とで、水を飲み比べる。羊羹を黒文字と金属フォークで食べ比べる。野菜のサラダを漆器椀と白い陶磁器とで食べ比べる。
 「見えないものを聴く」では、入口で目隠しをし、小さな室に入る。床に点で道しるべがついていて、だいたい進むべき方角はわかる。路の途中に、いくつかの簡素な楽器が置いてある。手で触って、どうすれば綺麗な音が出せるかを色々に試す。など。
 第二場には全部で十の展示があり、三つの印をもらえば第三門へ進んで良いことになっている。

 第三場は実験室だ。自分の可能性を試すことができる。多目的室も併設され、月に一度、近隣で活動している団体に貸し、どんな人でも参加できるような催しを開くことになっている。
 実験室は動と静の二部門に分かれている。活発に動いたり、話したりしたい人用の「動」。扉ひとつ隔てて、自分の中へ沈潜したい、考えを深めたい人用の「静」。全面硝子張りで、いつでもどちらででも活動できる。ここには簡単な工作道具が一通り揃っているが、中でももっとも面白いのは香りを作れることだ。土、日、祝日は調香師が詰めて助言もする。そして微量だが、作った香りを持ち帰ることもできる。もちろん、レシピを控えておけばいつでも再現できるわけだ。
 こうして自分の感覚をいろいろに試し、それを形にしたり記録したりすることで、そのときどきの自分の感覚の在り様が見えてくる。それは年齢だけでなく、四季や時間や天気などからも強く影響されているはずで、それを探っていけるようになっている。
 このような館の性質上、完全予約制で一日限定三十組、一組最大五名までで、一時間につき三組入れ、滞在可能時間は最長三時間。ただし多目的室での催しには自由に出入りできる。
ようこそおいでくださいました。
どうぞご自分のカンカクをお捜しください。
此処には欠片がたくさんあります。
忘れてしまったものも、落としてしまったものも。
ひとつずつ、ゆっくり、呼吸を楽しみながら
歩いてごらんなさい。
きっと見つかりますから!

※参考:[感覚ミュージアム](宮城県)